先送り型のプランは危険

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今回は仕事や人生へのスタイルとして自分が改めるべき所を自戒を込めて書こうと思います。僕は先送り型のプランを持っていましたが、この考え方は危険だと思いました。今回はその話です。

先送り型のプランは危険

ブログでは何回か書いてますが、僕は経済的自立(FIRE)を目指しています。このプランに変わりなく、目指すべきだと思いますが、そこに至る過程の思考が先送り型のプランだと気づきました。

 

そう思うのは知人が最近リタイアされたことがキッカケです。その人は定年で退職されましたが、働いている時からリタイアしたらアレコレしたいと言ってました。しかし、いざ時間が出来ても生活に大きな変化ありません。

 

車で日本中を旅したいと話をしていましたが、未だに旅に出ることなく日々を過ごされています。別にその人の自由ですし、気持ちが萎えたのか、元々旅をしたいわけではなかったかは分かりませんが、見ていて自分にも当てはまると思いました。

 

僕は自分がやりたいコトはしますし、消費もします。しかし、ここ数年を振り返ると先送りして抑圧していたのではないかと思い始めました。それは節約しなければいけないとか、FIREした後に楽しべば良いのではないかという思考がちらついてです。

 

それが決して悪いことだとは言えませんが、”最大幸福を獲得する動きをしていない事は自分の人生に対して怠惰なのではないか”という思考が大きくなっています。

 

今までは縦型に仮に労働50と自由時間50あるとすると、先に労働50を済ましてから自由時間50を楽しむ思考を無意識に持っていましたが、その順番にする意味は全く無いのではないかと思います。

 

早期リタイアを目標にして今の自分に抑圧をかけるのでは意味がなく、先送らずに今から楽しむ方が良い。無意識的に〇〇円貯めたらセミリタイアしようとか思っていましたが、別に来年からでも気持ちはセミリタイア思考でもアリかもしれません。

 

最大幸福を得られる年収と時間をキープする思考を持つべきで、例えば年360万あれば幸せに暮らせると仮定した場合、その360万を得るための労働時間を短縮する考えに注力すべきなのではないか。(≒相対収入を増やす思考を持つこと)

 

若い間に高収入を得て雪だるまの芯を作り資本の最大化を目指すのは正解ですが、至る過程で抑圧的な人生を歩むのは少し違う気がします。

 

幸い、次から週4労働で労働時間は短縮し、時間給も増えます。そこで自分がどの程度のお金と自由時間があったら快適かを見極めたいと思います。

 

行き過ぎた消費は病気だと思いますが、行き過ぎた倹約も考えものだと思うので、先を見据えずに楽しいことには躊躇なくアンテナを伸ばしていきたいです。