まだ断る勇気のない人生で消耗してるの?

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今回はハイポ研修医らしい記事を書きたいと思います。

色んな場面に言えると思うのですが、”断る勇気”について。

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”いたしません”は名言だと思います笑。

研修医には”いたしません”が足りていない

 医療業界以外の社会にいたことが無いので分かりませんが、医者になって思うのは業務外の行事が多いこと。飲み会はどこも同じだと思いますが、加えて学会発表、講演会への出席、勉強会の準備、論文、研修会など沢山の行事があります。

 専門家についたら資格確保のために学会や論文等の必要だから”しなければならない事”に分類されていますが、研修医においては”しなくてもいい事”が沢山あります。個人的には学会発表は最たるもので、自分が興味がない&やる気がない科において珍しい症例があったという理由で発表させられるのはどうかと思います。

 学会発表を何らかの”経験”というカテゴリーに捉えるなら十分に意味があることだと思いますが、その”経験”も別に興味がない科でやる必要があるのか?と僕は思います。眼科を目指しているのに神経内科で珍しい症例に捕まって、夜遅くまで資料作りに追われて地方会で発表させられた人がいましたが、それは単なるその科の病院としての体裁を図っているだけで、その人にとって意味のある行為だと思えませんでした。

 僕も例外なく症例を当てられそうになりましたが、先の例を見ていたのでキッパリと理由をつけて断りました。それが原因でこの研修医ダメレジというカテゴリーに当てられても別に構いません。自分がやりたくない選択の自由は行使すべきと考えているので、何を思われても僕は断ります。医者個人の価値を推し量る指標がこういった面倒な事だと思うなら、僕は無価値で構いません。

 それ以外にも上司に気を使って病院へ残ったり、興味のない勉強会は行かない、飲み会は断るなど極力自分がやりたくない、意味のないと思うことに関しては人間関係が悪くならない程度に断ってます。というか初めからそういう人間だと強調しているので、断っても最近では何とも思われません笑。

 これは些細な例ですが、医局へ入る、専門医を取る、大学院へ入る、他の病院に派遣されるなど人生の節目節目で選択があります。その一つ一つで本当に自分のやりたい事かどうか。慣習や決まりごとといった不透明なものに選択を狭まれてないかを考えるべきだと思います。これは鏡の前で明日死ぬとしたら今日をどう生きるかといったスティーブ・ジョブズと同じ考え方だと思います。

 1回しかない人生です。断りきれないままロスした時間は二度と戻ってきません。何してんだろ?と疑問を思う時間があるのならそれは自身にとっては無価値な時間かもしれません。”いたしません”と断る勇気を持つことで人生が好転します。