僕が医者になるなんて胃が痛い。続

胃が痛い医者人生をより良く生きるために

勉強はどこですべきか

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僕は90%を家で勉強する派だった。友達からは何故家で勉強出来るか不思議とよく言われたが、僕からすると全く逆の感想を持った。

 

答えの無い話ではあるが、僕なりの”家勉のすすめ”を書こうと思う。

ただの家勉派のこじつけ話なので話半分に読んで欲しい笑

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何が勉強を妨げるか

僕は嘘偽り無く勉強は嫌いである。勉強している時間は苦痛だし、やらなくて良いならやらない、やるなら手短に済ませたい派である。一方で、ロスすることで生まれる時間の方が嫌いなので試験は一発で受かりたいし、それだけの余裕は常に持ちたいと考えている。故になんとなく勉強をしなければならないと言う受動的な考えではなく、必要な分を早く済ませなければならないというタスクだと思っている。

 

このタスクをこなす過程で一番大切なのは計画だと僕は思う。短期から長期的な見通しを立てることで今自分がするべきことが明確になってくる。定期試験でも直前に漠然とした量を闇雲にこなすのではなく、最初から大凡の量を把握し、自分の能力と照らし合わせて必要な時間を概算し、後は実行に移すだけである。

 

そこで実行に移す場所を考える上で”移動時間、静けさ、快適な室温、オンライン、生活のしやすさ”といった点が重要になってくる。すなわち家では全ての条件を満たしている。僕は空間に人が多くなるにつれてこの条件を満たすのが難しくなってくると思う。十人十色でその空間に求めるものが違ってくと仕方の無いことで、そのデメリットを超して家では集中できない、誘惑が多いといった声が聞こえてくる。

 

なぜ家では集中出来ない、誘惑が多いのだろうか。僕は一つに意志が弱いのだと思う。これは生まれ持ったもので、一つの事に没頭できるのか、やると決めたことをやり遂げる意志力の問題だ。これは僕の経験上、つまらない≒勉強では成し遂げるのは難しい話というのは理解している。近くに面白いことが転がっていたら大抵の人がそちらに誘惑される。

 

しかし、もしも家に居る状態で1時間後に決められた範囲の試験があると想定した場合はどうであろうか。わざわざ図書館に足を運んでいそいそと準備して勉強を始める人は少数派で、多くの人はその場で勉強を始めると思う。僕はこれは全てに通用する話だと思っている。定められた量に対して最短に終わらせるためには上記の条件を満たす家が最適な場所だと確信している。

 

僕は前のブログでアホな計画を立てた。

ameblo.jp

この計画は穂澄先生の最低10時間という言葉を真に受けて行ったもので、3日で断念した。なぜなら10時間に伴った内容をこなすのは不可能だと感じたからだ。漠然と10時間と決められた時間を家で集中して行うのは至難の業で、タスクが明確に決まっていないことに起因して中身のない勉強時間を過ごした。これはダメだとすぐに軌道修正し、計画から1日当たりの量を決めて、それをこなしたら遊んで良いルールとすると、同じような量を6時間でこなせる事実に気づいた。

 

まとめ

家勉派の一般性に乏しいくだらない主張だったが、自分なりの最適解だったと思う。もちろん大学がすぐ近くにあり、最適な空間が実現できるならそれがベストなのは理解している。一方で、Dutyの様にいそいそと学校に来て、勉強時間にスマホをかまっている人が多い事実もあり、その点は理解出来なかった。恐らく学校の家化が進んでいた。

 

もちろん僕も家で行き詰まった時は近くのコーヒーショップなどで時間を使うこともあり、良い気分転換になった。しかし、家より時間を効率的に使える場所は存在せず、加えて直前期は感染の恐れが限りなくゼロに近かったということもあり、昔から家で勉強出来る習慣があって良かったと思う。

 

どこで勉強するかは人それぞれだと思うが、何のために勉強するのかといった目的意識を強く持ち、そのために何が一番の近道であるかを再度考えてみると改善すべき点が見えてくるかもしれない。